新宮、西村伊作を感じる旅

【 西村伊作 】

明治期に新宮で生まれ、大正・昭和を代表する建築家・教育者で、芸術家でもあった西村伊作(にしむら・いさく)という人物をご存じだろうか。今回の旅では、新宮市の名誉市民でもある彼の建築物を訪ねる。旅女子は、伊舞なおみさん(写真右)と覚道沙恵子さん。この2人の旅は、今年(2024年)1月以来4か月ぶり。

丹鶴ホールで

丹鶴ホールで

☆番組は、ここから聞くことができます。

【 丹鶴ホール 】

今回の旅の発着点は、丹鶴(たんかく)ホール前。訪問先が600メートル圏内に収まっていることから歩くことにした。丹鶴ホールは、市民ホールや図書館、それに、熊野学研究の拠点が一体となった文化複合施設で、旧市民会館と旧丹鶴小学校の跡地に建設され、3年前の秋(2021年10月)に開館した。鉄筋コンクリート4階建てで、無料の広い駐車場を備えている。道路をはさんだ東側には、新宮城の石垣が見えている。女子2人は、それぞれに新宮城(跡)を訪れたことがあると話した。このうち伊舞さんは、番組でも訪れ、続日本100名城のスタンプを目当てでも訪れたと話したが、同じ日の出来事。2019年12月「串本・新宮・本宮、そして、白浜、冬の紀南を満喫する欲張り旅」(三浦ちあき&伊舞なおみ)の番組で訪ねた時、新宮市立歴史民俗資料館に立ち寄り、スタンプを押した。

向かいに新宮城址

向かいに新宮城址

旧丹鶴小学校校門

旧丹鶴小学校校門

最初に見学する西村伊作の建築物は、丹鶴ホールに残されている「旧丹鶴小学校の校門」だ。丹鶴小学校は、2012年3月、小学校の統廃合により、140年の歴史に幕を下ろした。統合された先は、神倉(かみくら)小学校。丹鶴小学校は、新宮生まれの文豪、佐藤春夫(さとう・はるお)や作詞家の東(ひがし)くめ、それに、西村伊作の母校でもあった。解説は、自身も丹鶴小学校を卒業したという熊野学研究委員の中瀬古友夫(なかせこ・ともお)さん。石積みの校門は、がっしりとして大きいが、左右にアーチ型の空間もあり、子どもたちは、そこから顔を出したり、校門に登ったりして遊んだという。小学校があった頃は、幼稚園もあり、左右にその名称が刻まれていたが、今は、丹鶴ホールと丹鶴小学校跡の銘板が設置されている。この校門は、伊作が、長女・アヤの入学を機に寄贈したとされる。西村の建築には、石積みとアーチが特徴とも教えてくれた。
中瀬古友夫さんと

中瀬古友夫さんと

丹鶴ホール・旧丹鶴小校門前で

丹鶴ホール・旧丹鶴小校門前で

【 西村伊作記念館 】

国の重要文化財・旧西村家住宅は、1914年(大正3年)に建てられた木造2階建て、一部地下1階の住宅、2020年から、西村記念館として公開され、室内や庭園などを見学できる。入館料は高校生以上220円、小中学生は半額で、月曜が休館。JR新宮駅や新宮城跡にも近く、道路や電柱に案内が出ていることから、歩いて訪ねる人も多いと思われる。赤っぽい色合いが特徴だ。管理人の吉田勝正(よしだ・かつまさ)さんに案内をお願いした。

電柱の案内

電柱の案内

路面の案内標識

路面の案内標識

西村家住宅は、伊作が、半年の外遊を経て帰国後、自宅として建築した。伊作の建築物の特徴の石積みやアーチが確認できる。外観は、モダンでおしゃれ。現代でも遜色なく住まいとして活用できそうだ。
西村邸 玄関側

西村邸 玄関側

玄関前の石段

玄関前の石段

玄関を入ると、すぐ右手に、リビングと食堂がある。ここは、家族団らんの場であるのはもちろんだが、日常的にサロンとして開放され、与謝野晶子・鉄幹ら、交流のあった文化人らがたびたび訪れていたという。また、リビングには、伊作の写真が飾られていた。令和の時代に生きていても違和感のないスマートな佇まい。外国人にもよく間違われたというのもうなづける端整な顔立ちだ。「さぞかしモテたことでしょう」と覚道さん。
西村邸 食堂

西村邸 食堂

西村邸 リビング

西村邸 リビング

リビングにある暖炉風の施設は、火をくべる必要のない暖房設備で、地下のボイラー室から温風が送られていたという。他の部屋や2階の部屋にも。最新技術だったろう。2階には、夫妻や子どもたちが暮らした和室があり、円形に手すりが突き出したバルコニーがある。「ロミオとジュリエットごっこができる」と伊舞さん。
西村邸 地下ボイラー室

西村邸 地下ボイラー室

西村邸 2階バルコニー

西村邸 2階バルコニー

バルコニー側には、広い庭がある。「ロミオとジュリエット」が演目にあったかどうかは知らないが、劇団員などを集めて、芝居を披露してもらったなどという話もあるそうだ。
庭への門

庭への門

西村邸 庭側

西村邸 庭側

2階からは、新宮郵便局が望める。ここは、中瀬古さんの話にあった県立新宮高等女学校の跡地だ。そして、玄関前で、吉田さんと記念撮影した。
郵便局方向を望む

郵便局方向を望む

管理人の吉田さんと

管理人の吉田さんと

【 旧チャップマン邸 】

県内に残る西村伊作の建築物で住宅は、西村邸と旧チャップマン邸の2棟だけ。女子2人は、西村邸を出て、その外観や周囲の風景を楽しみながら歩く。レトロ感のある街灯がある。アイボリーホワイトの洋館が見えてきた。

西村邸からチャップマン邸へ

西村邸からチャップマン邸へ

レトロ感のある街灯

レトロ感のある街灯

チャップマン氏は、アメリカ人宣教師で、この家に20年ほど暮らした。旧チャップマン邸には門があり、玄関までの間にアーチや石積みがある。伊作の建築の特徴だ。建物は見学自由(入場無料/月曜休館)で、貸部屋や貸館も行っていたり、持ち込めば中で飲食も可能という。旧チャップマン邸は、番組としては、2020年6月「新宮、何もかもが初めての旅」(三浦ちあき&税所ひかる)で訪ねている。案内は、その時と同じ、羽山真弓(はやま・まゆみ)さんにお願いした。スタッフとは4年ぶりの再会を喜んだが、旅女子の2人は初めてだ。
チャップマン邸 玄関と門

チャップマン邸 玄関と門

チャップマン邸 リビング

チャップマン邸 リビング

国の登録有形文化財、旧チャップマン邸は、1926年(大正15年)に建てられた木造2階建ての住宅。西村邸より10年あまり後に竣工している。住人が外国人ということもあってか、室内は洋風なつくりで、1階には、事務所として活用していた部屋がある。今は、ワーケーションルームになっている。また、旧チャップマン邸は、新宮市の観光拠点にもなっている。チャップマンさんが住んでいた当時の写真が展示されている部屋もあり、その頃を少しうかがい知ることができる。西村伊作が写っている写真もある。
チャップマン邸

チャップマン邸

展示写真を見る女子たち

展示写真を見る女子たち

旧チャップマン邸は、一時期、旅館となっていたこともあるそうで、新宮市出身の芥川賞作家、中上健次(なかがみ・けんじ)が執筆活動に利用していたとか。窓際でティータイム、そんな雰囲気のリビングで、羽山さんと記念撮影をした。
管理人の羽山さんと

管理人の羽山さんと

庭のゲートで女子2人

庭のゲートで女子2人

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