紀の川から橋本、像をめぐる旅

【 西行法師像 】

神社や寺院にある神像や仏像、顕彰施設の顕彰者の像はいいとして、まちなかにも色んな「像」があり、誰の像で、なぜそこに建てられているのかは知らないということがありがち。銅像だけでなく、石像や陶器でできた陶像(とうぞう)もあったり。説明板などが備えられていることもあるが、ちゃんと読んだことがなくて…。今回は、そんな像をめぐってみる。旅女子は、伊舞なおみさん(写真左)と柳橋さやかさん。4か月ぶり7回目。演じたがりの女優2人だ。

西行さんと女子2人

西行さんと女子2人

☆番組は、ここから聞くことができます。

旅は、西行(さいぎょう)法師像前から。紀の川市窪(くぼ)、紀の川に掛かる国道424号竹房橋(たけふさばし)から北へ800メートルほど。道路左側にあるが、像自体は少し引っ込んでいるので気づきにくい。桃の直売所と紀の川コミュニティバスの「西行法師像前」バス停が目印となる。西行像は、旅姿のブロンズ像で、高さは2メートルほど。笠で顔が隠れているので、画像を明るく加工してみた。百人一首の歌が有名で、銅像の台座の石にも刻まれている[嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな]が、新古今和歌集には最多の94首が選ばれている、平安末期から鎌倉時代初めの代表的歌人。ここに像があるのは、この地で生まれたから(生誕地は東に500メートルほどいったところ)。エリート武士から、突然出家したのはなぜか、そんな謎もあったりする。県内の西行法師ゆかりの地を訪ねる旅も企画したいところ。
バス停と桃の直売所と

バス停と桃の直売所と

西行法師のお顔を拝見

西行法師のお顔を拝見

【 弘法大師像 】

高野山を開いた弘法大師空海(こうぼうだいし・くうかい)。今年(2023年)は生誕1250年で記念法会もあると聞く。そして、弘法大師の像はよく見かける。ファンが多いということ。「弘法大師像」を検索すると、通販サイトがヒットしたりする。訪ねた像は、紀の川市竹房、竹房橋南詰近くにある。国道424号から紀の川左岸沿いに脇道に入るとすぐ、「百合山(ゆりやま)」バス停があり、旅姿の弘法大師の白い石像がある。ここは、四国の遍路道を模して、江戸時代末期(1858年=安政4年)に作られた「新四国八十八ヶ所」(「百合山遍路道」ともいう)のスタートの地だ。四国の遍路道は弘法大師の修行の道ということだろう。荒廃していた遍路道を、地元有志が再興、今はハイキング道としても親しまれ、山頂(最初ヶ峰=標高285メートル)からの眺望も人気だ。「百合山遍路道」(約3.5キロ)も歩いてみたい。

弘法大師像と

弘法大師像と

百合山遍路道について

百合山遍路道について

【 童男大士 】

JR和歌山線の粉河駅前に、女子2人よりも小さい石像が立てられている。柳橋さんが「癒やされる」と言った、やさしい顔の男の子は「童男大士(どうなんたいし)」。柳の枝を持って白馬に乗って池から姿を現したという、なかなかの衝撃エピソードを持つ。姿は子どもだが、千手観音の化身で、病の平癒などを行ったと伝えられる。近くにある粉河寺(こかわでら)の本尊でもある。粉河寺境内へは、2019年5月の「橋本から、紀の川の水を西へ “大畑才蔵”を訪ねる旅(三浦ちあき&上林君江)」で訪ねてはいるが、粉河寺そのものを訪ねる旅はまだだ。今回の像めぐりは、それ自体も楽しく、第2弾もできそうだが、これからの旅のタネを蒔いているような、きっかけになる場所を巡っているような気がしてきた。

童男大士像

童男大士像

童男大士さんと

童男大士さんと

【 平和祈念像 】

かつらぎ町の紀の川右岸に立つ大きな白い地蔵像「平和祈念像」はご存じだろうか。かつらぎ町丁ノ町(ちょうのまち)のかつらぎ公園の一角。像は、高さは18メートル(台座となっている建物を含めると22メートル)で、北向きに立っている。去年(2022年)、設立・管理団体だった奉賛会が解散し、宗教色が廃されたという。公園には、ほかに、平和の礎や平和の鐘もある。女子2人は、大きさに歓声をあげなら、写真撮影に余念がない。そして、平和の鐘を鳴らしてみた。「鳴らすと幸せになれるかも」と伊舞さん。

平和祈念像は大きい

平和祈念像は大きい

平和の鐘を鳴らす

平和の鐘を鳴らす

【 米金の金時像 】

九度山町に陶器の像がある。県道沿いの町営駐車場に車を停めて、細い坂の路地を少し歩いた。民家の軒先には「九度山」と書かれた赤い提灯がぶら下がり、真田(さなだ)の旗印(はたじるし)「六文銭(ろくもんせん)」がデザインされた木製のプランターが置かれ、電柱には真田十勇士(じゅうゆうし)のイラストが描かれていたりする。この町は、歴史を感じながらの散策が楽しい。そして、メインストリートとなる「真田のみち」で、高さ2メートルあまりの金時像に出会った。このサイズの陶像は珍しいという。腹掛けに「米金(こめきん)」と書かれ、米俵に腰掛けている。九度山の土を使った焼き物で、大正時代に作られたと記されている。女子たちは、金太郎寸劇を演じたり、ポーズをまねて写真を撮ったりと楽しそうだ。

坂の路地を行く女子たち

坂の路地を行く女子たち

米金の金時像をまねてみる

米金の金時像をまねてみる

と、そこへ、家人が帰ってきた。河原正明(かわはら・まさあき)さんと君枝(きみえ)さん。米金の金時像と米金医院の看板について、話を聞けた。米金のルーツは、米屋の金兵衛(きんべえ)さん。大正時代には、薬局を営み、子どもたちの健やかな成長を願って、隣町、旧高野口町出身で、九度山町内に窯を構えていた陶芸家の井端荘平(いばた・そうへい)に、金太郎像ような焼き物の製作を依頼したとのこと。1917年(大正6年)のことというから、100年以上前となる。薬局のあとは、その息子さんが、眼科医院を開業したそうで、「米金医院」の看板は、その頃の名残だとか。眼科は、50年あまり前に閉院したらしい。そして、今は失われているが、当初、右手には“まさかり”を持っていて、まさに金時像だったという話。女子たちは謎が解けて大喜びだ。
眼科医院の名残

眼科医院の名残

河原さんと女子たち

河原さんと女子たち

【 まことちゃん像 】

最後は橋本市の像。JRと南海が乗り入れる橋本駅にやってきた。駅舎の前に、楳図(うめず)かずおのギャグマンガの主人公、まことちゃんの像がある。楳図さんは、高野町生まれ、奈良県五條市育ちで、隣町の橋本市を訪れることも多かったとのこと。デビュー前には、市の広報誌に4コママンガを掲載していた時期があるらしい。そんなことから、まことちゃん像の設置を快諾してくれたという。2002年に建てられ、すでに20年以上、親しまれている。像の足元には、写真を撮る人向けに、日付ブロックが置かれている。せっかくなので、取材日ではなく、放送日にしてみた。

まことちゃんとご対面

まことちゃんとご対面

日付を放送日にしてみた

日付を放送日にしてみた

【 ランチとカフェ 】

この日のランチは、紀の川市の粉河駅前にある古民家「山崎邸」を活用した「創-hajime cafe-」へ。築100年以上の古民家と、調度品などの見学もできる。九度山町では米金像近くにあるパンケーキカフェ「KUDOYAMA1448」に立ち寄った。甘さ控えめの生クリームと、ふわふわのパンケーキが女子たちを魅了した。どちらもオススメだ。もちろん、像めぐりと、そこから始まる旅や散策もオススメだから。

創-hajime cafe-

創-hajime cafe-

KUDOYAMA1448

KUDOYAMA1448

像めぐりは面白い。ぜひ、第2弾、第3弾をと考えている。そこで、皆さんにもご協力のお願いを。和歌山県内の「まちなかの像情報求む!」ということ。ユニークな要素がある像はもちろん、こんなところにこんな像があるよという風な情報を、番組宛てに、ぜひ、寄せてほしい。


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